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1952年、岩倉の地にいわくら病院が開設され、心の病に医療として関わっていくことになりました。
終戦から7年、残念なことに当時の社会は精神病者を全くの厄介者と見なしていました。檻のような病棟の中に閉じ込め、隔離する。人間として扱われず、差別と偏見の中に、精神病者は取り残されていたのです。
そんな病院に、1970年、理想に燃えた6人の青年医師たちがやってきました。その時から開放医療を目指すいわくら病院の闘いが始まりました。
医師たちは「看護者に都合のいい体制ではいけない。病院の主体はあくまで患者にある」と主張。鉄格子をはずし、患者側に自由を取り戻すことを提唱しました。これまでとは全く逆の考え方に病院内は大混乱。患者様まで巻き込んで、嵐のような状態が続きました。
最も改革すべきは「精神病者は一人ではなにもできない」「精神病者を自由にするとこわい」という私たち自身の中に巣食う思い込みでした。しかし、それを変えるのはなまはんかなことではなかったのです。
開放病棟を実践している病院への見学、意識改革のためのスタッフの話し合い、患者様に主体性を持ってもらうための自治会の結成など、口で言うのは簡単ですが、行動に移していくのは命がけと言ってもいいような努力によって、いわくら病院は開放医療に向けて歩んでいきました。
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