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スタッフコラム

自分との出会い・いのちとの出会い

Special Column

 

「レモンの木」病棟 看護師長 吉廻 さおり よしざこ さおり

2病棟
師長 吉廻 さおり よしざこ さおり


神戸の病院に就職が決まっていたのに、いわくらに来ることになった運命のいたずら。何度となく経験した挫折。自分のすべてがかかると言ってもいい患者様とのかかわり。これまでの看護人生の中で感じたことを、率直な言葉で本人が語ります。

自分を試される仕事

「人に対してやさしい人間でありたい」というのは、看護者なら誰もが思っていることだと思います。でも、その中身が問題。丁寧で、笑顔で、やさしくしゃべっているというだけではダメなんです。やさしく言っていても通じなければ意味がない。通り一遍のことは誰も求めていない。そこに気づかないと、なかなか利用者様と心を通わせることはできません。
家族にも「いまさら帰ってこなくていい」と言われてしまったら、その方にとって生きられる場所はここしかないんです。そんな方にきれいごとは通用しませんよね。

 

だからって、私たちがいつもむずかしい顔をしているわけではありません。むしろその逆。しょっちゅう利用者様に笑わせてもらっています。けれど、嘘だけはダメ。すぐにばれますから。
考えてみると、この仕事についてからずっと、自分がどんな人間かということを問われ続けていたような気がします。優等生とは程遠くて、恥ずかしいことや失敗だらけの道のりですが、それがまさに私。そう認められれば結構自分が好きになれますよ。「あぁ、あなたもあなたなりに頑張っているね」ってね。

自分を試される仕事

 


逃げていた自分

逃げていた自分

私は幼い頃から母に、命を助ける看護師さんの素晴らしさを聞かされて育ちました。幼稚園を卒園する時「将来は看護師になります」と言った言葉どおり、この仕事に就くために勉強してきました。神戸の病院に就職が決まっていたのですが、阪神淡路大震災で先延ばしになってしまった、その時友人からいわくら病院に誘われ、お世話になることになりました。
じつは精神科を選ぶことについては迷いがありました。母からはいつも「人の命を救う人になって」と言われていたので、もっと救命の現場に近いような場所に行かなければいけないんじゃないかという思いが、常にありました。そんな時、中途半端だった私の目を覚まさせてくれた、あの事件が起こったのです。

それは作業療法に行っていた患者様が、病棟に帰ってきた時のことでした。突然脳こうそくを起こしたその方が、転倒してしまったんです。私は足が震えて一歩も動けませんでした。みんながわーっとその方のところに行って、処置するのを見ながら、私は何一つできませんでした。
人の命を助けたいと思って選んだ仕事なのに、その場に直面した時、何もできなかった。その事実は私を打ちのめしました。でもそれを私は、内科の病院に行けばよかった、いわくらに来たのが間違いだったんだっていう風に、問題をすりかえてしまったんです。

「内科に行って勉強しなおします」。師長と主任に言いました。その時に師長がおっしゃった言葉が忘れられません。
「いま、あなたの目の前に、援助を求めている方たちがいるじゃない。その方たちのことはどうするの」。

…ああ、そうだった。目の前の患者様から逃げ出して、私はどこへ行こうとしていたんだろう。いま、ここでできることをしなければ、どこへ行っても何もできないままだ。
ふわふわと宙に浮いているようだった自分の心が、このいわくら病院という場所に、ぴたりとおさまった瞬間でした。

逃げていた自分

 


もうひとつの試練

二つ目の大きな試練がやってきたのは、主任になった29歳の時でした。

中堅としてはすでに一番古く、病棟のそのフロアのことは誰よりもよく知っているという自負もありました。けれども、主任になれば第一線から少し離れたところに身をおいて、チームがうまく回るようにフォローしたり、スタッフの教育をしなくてはなりません。それがどういうことか、よくわからないまま半年が過ぎた頃、突然、スタッフから突き上げがあったのです。
普段は仲良くつきあっている仕事仲間が、表情をあらためて「主任がちゃんとしてくれないから、業務にさしさわりが出ている」「判断と答えがきちんと返ってこない」と迫ってきました。私は、まさかこんなことが私の人生に起こるなんて、と大ショック。「仲のいいスタッフの中で、のんびり主任として育ててもらえばいい」と思っていた自分の判断の甘さを思い知らされました。

それから初めて、きちんと話し合いをもちました。なれあいでもなく、個人攻撃でもなく、思いをしっかりと伝え合う。この繰り返しによって、私はどういうシステムを作っていけば、現場のスタッフが動きやすいのかを考えるのが自分の仕事であることを、徐々に学んでいったのです。
できあがったシステムの中でベストを尽くすのが第一線なら、主任の仕事は、そのシステムをできるだけ広い視野と深い判断によってつくり上げること。
痛い思いをしましたが、そのことによってスタッフの真剣な思いを知り、自分自身を成長させることのできたいい経験だったと思っています。

もうひとつの試練

 


自分に出会う・いのちに出会う

毎年4月になると新人が入ってきます。地下の更衣室で着替えを済ませ、まだ一人でフロアに上がる勇気がもてずに、3人ぐらいで「行こうか」と声をかけあって上がっているのを見ると、自分の新人時代を思い出して、思わず微笑んでしまいます。
この人たちもこれから様々なことを経験するだろう。それは必ずしも楽しい経験ばかりではなくて、むしろ辛いことの方が多いかも知れない。なぜならこの仕事は、人の命を預かる仕事だからです。
そう、命を救うというのは目に見えることだけではありません。やわらかく、傷つきやすく、それでも生きようとする魂を、いきいきと息づいてこその命。私たちの声かけひとつで命が救われることだって、本当にあるのです。

自分に出会う・いのちに出会う

そのことに気づくのに、私は長い時間がかかりました。涙を流し、自分の醜い部分を見てぎょっとすることもありました。これを読んでくださっているあなた、なぜそんなにまでして、仕事を続けなければならないの?って思われますか。

私はいわくらのスタッフは多かれ少なかれ、誰もが私と同じような経験をしていると思います。そしてそのことをきっと幸せに感じているに違いないと思うのです。だって、ありのままの自分をさらけだして、それでも嫌がらずに患者様やスタッフがつきあってくれる職場って、なかなかないですよ(笑)

これからも“吉廻さおり”のいろいろな面に気づきたい。まだまだ越えなくてはならない山はたくさんありそうですが、そのたびに成長していくことを楽しみに、歩んでいきたいと思います。拙い話におつきあいくださって、ありがとうございました。

  


 

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